賃貸人の自力 救済に対する賃借人の損害賠償請求が否認された事例(東京地判平成16年6月2日)
賃貸人の自力救済に対する賃借人の損害賠償請求が否認された事例
賃貸人が、賃借人に承諾を得ずに鍵交換をする行為は自力救済となり、違法な行為です。
ただ、損害賠償については賃借人の逸失利益(いっしつりえき)があったかどうかが焦点となります。
逸失利益とは、本来得られるべきであるにもかかわらず、債務不履行や不法行為が生じたことによって得られなくなった利益の事です。
判決では賃借人が逮捕勾留されている事から、逸失利益等の請求の前提となる正常な業務を遂行していたものと認めるのは困難とされ、損害賠償請求は否認されています。
事案の概要
室内装飾品類の販売等を営む法人が賃借人となり、平成10年10月、賃貸人との間で建物賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、本件建物を事務所兼倉庫として使用していた。
また、賃貸人の承諾を得て、室内装飾品類の販売等を営む法人の代表者の夫で実質的経営者が代表取締役を務める関連会社の事務所としても使用していた。
しかし、賃借人は、資金繰りが悪化し、平成11年3月分及び4月分の賃料支払いを遅滞した上、実質的経営者が同年4月、刑事事件で逮捕勾留されたため、業務の遂行が困難となり、同年5月分以降の賃料を一切支払わず、その支払いの目処も立たない状況に陥った。
そこで賃貸人は、平成11年6月1日、賃借人に対して、同月4日までに未払賃料等合計298万円余の支払いがされない場合には、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をするとともに、その場合には本件建物の鍵を交換する旨通知したが、賃借人からの入金がないまま同月4日が経過した。
賃貸人は、本件賃貸借契約が解除されたとの前提のもとに、同月8日、本件建物に赴き、たまたま居合わせた関連会社の従業員の立会いのもと、本件建物の鍵の交換(以下「本件鍵交換」という。)を行った。
そこで賃借人は、賃貸人が本件鍵交換をした行為は違法な自力救済であり、これによって本件建物を使用できず、その業務を遂行できなくなったとし、債務不履行又は不法行為に基づき合計3,110万円余の損害賠償を求め提訴した。
判決と内容のあらまし
裁判所は、次のように判示して、賃借人の請求を棄却した。
(1)本件鍵交換の違法性の有無
本件賃貸借契約は、契約解除通知及び平成11年6月4日の経過によって、賃借人の債務不履行(賃料等不払)を理由とする解除により終了したものと認められる。
賃借人は、本件鍵交換当時、本件賃貸借契約に基づく使用収益権限を失い、賃貸人に対し、賃貸借契約終了に伴う目的物返還債務を負うに至ったものと認められる。
しかしながら、賃借人が本件建物に対する占有権を有していたことは論を俟たないところ、本件鍵交換は、賃貸人において、賃借人の実質的経営者が身柄拘束中であり、本件建物明渡しの要否について判断することが困難な状況にあることを了解した上でなされたものである。
本件契約解除通知において予告はされていたものの、本件建物内の動産類の持ち出しの機会を与えることなく、たまたま居合わせた賃借人の関連会社の従業員を立ち会わせて行われたものであり、賃借人代表者がこれを事前事後において、承諾ないし容認したものとは認められないことからすると、本件鍵交換は未払賃料債務等の履行を促すために行われた、賃借人の占有権を侵害する自力救済に当るものと認めるのが相当である。
そして、自力救済は原則として法の禁止するところである。
ただ、法律に定める手続きによったのでは、権利に対する違法な侵害に対して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合において、その必要の限度を越えない範囲内でのみ例外的に許されるに過ぎない(最判昭40年12月7日民集19巻9号2101頁)。
本件は、このような場合に当たるとは認められず、本件鍵交換は違法な自力救済に当たり、不法行為が成立するものと認められる。
(2)本件鍵交換による損害の発生の有無
賃借人は、本件鍵交換によって、本件建物内に立ち入ることが困難となり、業務を遂行することが困難となったことが認められるが、他方、賃借人の資金繰りは悪化し、本件鍵交換当時は、本件賃貸借契約に基づく賃料等債務を2カ月分以上怠っていたこと、実質的経営者が詐欺容疑で身柄を拘束され、賃借人の業務を遂行することが困難な状況にあり、また、逮捕されたことが新聞報道されたことにより、賃借人は、企業として社会的・経済的信用を失墜したものと推認されることからすると、本件鍵交換当時において、賃借人が、逸失利益等の請求の前提となる正常な業務を遂行していたものと認めるのは困難である。
したがって、賃借人の占有権を侵害する不法行為に該当する本件鍵交換によって、逸失利益相当の損害が発生したとする賃借人の主張は採用できない。
(3)未返還保証金債務の有無及びその額如何本件賃貸借契約においては、契約締結時に、賃借人が、賃貸人に対し、保証金700万円のうち250万円を償却金として支払うものとされているが、償却期間は定められておらず、契約締結時に保証金の一部である250万円を償却するとの特約が定められているというべきであって、未払い賃料等債務の控除前の金額としての保証金返還請求権は、250万円を除いた450万円に限られるというべきである。
しかしながら、本件賃貸借契約は解除により終了したものと認められるところ、賃借人には、未払賃料等債務や、本件建物の原状回復義務の費用として、その金額は450万円を上回る470万円余が認められ、賃借人の請求する保証金返還請求権は相殺によって消滅したか控除によって発生しなかったものと認めるのが相当である。
まとめ
自力救済は違法行為であり、今回のような事件であっても認められる事はないようです。
家賃を払わず、逮捕され、3,110万円余の損害賠償請求をしてくる賃借人は少々やり過ぎではないでしょうか?
この事件で、賃貸人が弁護士に相談をしていたかどうかまでは分かりませんが、家賃滞納が続くようであれば相当な額の損失となる為、賃貸人は自力救済である事を知りながら、あえて鍵の交換を行い、賃借人が逸失利益を証明できない事も知った上で、行動をしたのかもしれません。
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