判例解説 賃貸

敷引が有効であると認められた最高裁の判例

  1. HOME >
  2. 判例解説 >

敷引が有効であると認められた最高裁の判例

 居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、敷引金の額が高額に過ぎるものである場合には、特段の事情のない限り、消費者契約法10条により無効となるとされたが、本件事案では無効ということはできないとされた事例(最高裁第一小法廷判決平・23・3・24)

敷引が有効であると認められた最高裁の判例

敷引に関しては、この最高裁の判決より以前は、簡易裁判所や地方裁判所、高等裁判所で有効性が争われ、裁判所によって判断は分かれていました。

下記、最高裁の判決では、更新料の支払いや、礼金の支払い義務もなく、敷引きの額が賃料の額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっている倍には、敷引は有効とされています。

敷引の額については、契約書にも記載があり、契約時にも明確に合意がされているはずです。

それを消費者契約法10条があることを理由にすべての敷引が無効とされてしまうと、民法1条2項の信義誠実の原則による義務である、契約は当事者が相互に信頼しあって締結し、契約関係にある当事者は相互に相手方の信頼に応えるように誠実に行動しなければいけないという義務の意味がなくなってしまします。

事案の概要

 (1)賃借人(上告人)は、平成18年8月21日、賃貸人(被上告人)との間で、京都市西京区桂北滝川町所在のマンションの一室(専有面積約65.5㎡、以下「本件建物」という)を、賃借期間2年間、賃料1か月9万6000円の約定で賃借する旨の賃貸借契約を締結し、本件建物の引渡しを受けた。

 (2)本件契約書には、次のような条項がある。

 ア.賃借人は、本件契約締結と同時に、保証金として40万円を賃貸人に支払う(3条1項)

 イ.本件保証金をもって、家賃の支払、損害賠償その他本件契約から生ずる賃借人の債務を担保する(3条2項)

 ウ.賃借人が本件建物を明け渡した場合には、賃貸人は、以下のとおり、契約締結から明渡しまでの経過年数に応じた額を本件保証金から控除してこれを取得し、その残額を賃借人に返還するが、賃借人に未納家賃、損害金等の債務がある場合には、上記残額から同債務相当額を控除した残額を返還する(3条4項)

(経過年数) (控除額)
1年未満 18万円
2年未満 21万円
3年未満 24万円
4年未満 27万円
5年未満 30万円
5年以上 34万円

 エ.賃借人は、本件建物を賃貸人に明け渡す場合には、これを本件契約開始時の原状に回復しなければならないが、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗(以下、併せて「通常損耗等」という。)については、本件敷引金により賄い、賃借人は原状回復を要しない(19条1項)

 オ.賃借人は、本件契約の更新時に、更新料として9万6000円を賃貸人に支払う(2条2項)

 (3)賃借人は、本件保証金40万円を賃貸人に差し入れた。なお、賃借人は、本件保証金のほかに一時金の支払をしていない。

 (4)本件契約は平成20年4月30日に終了し、賃借人は、同日、賃貸人に対し、本件建物を明け渡した。

 (5)賃貸人は、本件保証金から本件敷引金21万円を控除し、その残額である19万円を賃借人に返還した。

2原判決及び上告受理申立て

 原審は、本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできないとして、賃借人の請求を棄却すべきものとした。

 そこで、賃借人は、建物の賃貸借においては、通常損耗等に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われるものであるのに、賃料に加えて、賃借人に通常損耗等の補修費用を負担させる本件特約は、賃借人に二重の負担を負わせる不合理な特約であって、消費者契約法10条により無効であると主張した。

判決と内容のあらまし

 最高裁判所は、概要、以下のように述べて、賃借人の主張を斥けた

(1)10条前段該当性について

 居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、契約当事者間にその趣旨について別異に解すべき合意等のない限り、通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含むものというべきである。

 本件特約についても、本件契約書19条1項に照らせば、このような趣旨を含むことが明らかである。

 ところで、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであるから、賃借人は、特約のない限り、通常損耗等についての原状回復義務を負わず、その補修費用を負担する義務も負わない。

 そうすると、賃借人に通常損耗等の補修費用を負担させる趣旨を含む本件特約は、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の義務を加重するものというべきである。

(2)10条後段該当性について

 賃貸借契約に敷引特約が付され、賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷引金)の額について契約書に明示されている場合には、賃借人は、賃料の額に加え、敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであって、賃借人の負担については明確に合意されている。

 そして、通常損耗等の補修費用は、賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても、これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には、その反面において、上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって、敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。

 また、上記補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を具体的な一定の額とすることは、通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止するといった観点から、あながち不合理なものとはいえず、敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。

 もっとも、消費者契約である賃貸借契約においては、賃借人は、通常、自らが賃借する物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額については十分な情報を有していない上、賃貸人との交渉によって敷引特約を排除することも困難であることからすると、敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には、賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に、賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。

 そうすると、消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。

(3)本件の判断

 これを本件についてみると、本件特約は、契約締結から明渡しまでの経過年数に応じて18万円ないし34万円を本件保証金から控除するというものであって、本件敷引金の額が、契約の経過年数や本件建物の場所、専有面積等に照らし、本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。

 また、本件契約における賃料は月額9万6000円であって、本件敷引金の額は、上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることに加えて、賃借人は、本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには、礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。

 そうすると、本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず、本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできない。

まとめ

 この最高裁の判決がでるまでは、敷引特約は、「賃借人に対し一方的で不合理な負担を強いているものと言わざるを得ない」とされる事もありました。

 判決後は、一定の条件下の敷引は認められるようになり、2020年4月の民法改正後の今でも敷引特約は有効なものと考えられています。

 敷金については民法622条の2条で明文化されていますが、この条文は強行法規としてではなく、任意規定と考えられています。

 つまり、賃貸人と賃借人との合意があれば、改正民法の規定と異なる合意をすることは可能です。

 最高裁の判例通り、今後も特約は有効となります。

【民法622条の2】(敷金)

1項.賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。

一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。

二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。

2項.賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。

この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。

【関連記事】

敷引について家賃の3ヶ月分までは有効とされた事例

家賃滞納トラブル、借主の部屋の鍵をかってにロックすると【判例解説】

暑い夏にエアコンが故障、修理期間中の賃料の支払いは?

-判例解説, 賃貸

Copyright© クガ不動産【不動産裁判例の解説】 , 2024 All Rights Reserved