契約書に署名押印したが鍵の引渡しを受けていないこと等をもって賃貸借契約が成立していないとした借主の主張が棄却された事例(東京地判平29・4・11)
賃貸借契約後でも、鍵の引渡しを受けていなければ契約は成立してない!?
賃貸借契約には、下記の3つの性質があります。
諾成契約、双務契約、有償契約
■諾成契約とは、口頭でした約束をしただけでも,契約は成立するということです。
■双務契約とは、契約の両当事者が互いに何らかの法的義務(債務)を負う契約のことをいいます。賃貸人は目的物を使用収益させる義務等を負い、賃借人は賃料を支払う義務等を覆うことになります。
■有償契約とは,何らかの対価的支出が生ずる契約のことをいいます。
つまり、賃貸借契約の成立時期は、借主・貸主の合意が整った時点です。
だからといって
「契約書作るの面倒くさいからやーめた」
といって借主に契約書※を渡さなかった場合、宅建業法違反になります。
※37条書面を兼ね備えた契約書の事です。
ちなみに、売買では、印紙代を節約するために37条書面を兼ね備えた契約書を1通しか作成せず、どちらかしか交付しないことも基本的には宅建業法違反です。
対処法として、特約を入れたり、売買契約書のコピーに宅建士が記名押印すれば37条書面として有効になります。
下記に判例では、貸主に宛に送った解約合意書が逆に、「借主自身も、本契約が成立していると認識していたものと考えられる」と裁判官に受け取られたようです。
事案の概要
平成27年6月15日借主(個人・原告)は、マンションの一室(本物件)を業者の仲介により、貸主(事業主法人・被告)との間で、賃貸借契約(本契約)を取り交わした。
<本契約の概要>
・賃料:月額64,000円
・管理費月額3,000円
・敷金64,000円
・礼金64,000円
・期間:平成27年6月30日(入居可能日)から平成29年6月29日まで
・契約解除:借主は2か月前の書面通告、もしくは2か月分の賃料相当額を貸主に支払うことによって契約を解除できる。
ただし、契約開始日より平成29年1月末日までは解約ができないが、借主都合によりやむを得ず解約する場合は、貸主に違約金として賃料の1か月分相当額を支払う。
・敷金償却:借主が毎年2月1日から3月10日までの間以外の期間に退去した場合、敷金5万円を償却する。
借主は、本件契約書の取り交わしに先立ち、本契約締結において必要となる費用等として、
・敷金・礼金各64,000円
・6月分の日割家賃2,400円
・自動引落手数料(24か月分)2,400円
・事務手数料10,800円
・アパート保険の保険料(2年分)18,000円
・鍵交換費用12,960円
・仲介手数料69,120円
計243,680円を貸主の銀行口座へ振り込んだ。
しかし借主は、平成27年7月8日付で、貸主に対し「平成27年6月30日から始まる契約をキャンセルとする。」として、借主が支払済の金員より10,800円を除く232,880円の返金を受ける旨記載した「解約合意書」を送付した。
貸主は、同月11日に同書面を受け取ったが、これに応じなかった。
その後借主は
①アパート保険の契約が未締結であったこと
②入居日が決まっていなかったこと
③鍵を受け取っていなかったこと
④本件建物の掃除・リフォームがされていなかったこと
を根拠に本契約が成立していないと主張して、貸主に対して248,600円の支払を求める本件訴訟を提起した。
判決と内容のあらまし
裁判所は、次の通り判示し、借主の請求を棄却した。
なお、借主は控訴を行っている。
借主と貸主は、平成27年6月15日に、借主が本件建物を貸主に住居として使用させることを約し、借主がこれに対して月額64,000円の賃料を支払うことを約することを内容とする本件契約書に記名又は署名及び押印をしてこれを取り交わしているのであって、その旨合意していたことが明らかであるから、本契約は、その時点において成立したと認められる。
また、借主は、貸主に宛てて同年7月8日付で「解約合意書」を送付しており借主自身も、本契約が成立していると認識していたものと考えられる。
この点について、借主は
①アパート保険の契約が未締結であったこと
②入居日が決まっていなかったこと
③鍵を受け取っていなかったこと
④本件建物の掃除・リフォームがされていなかったこと
を根拠として本契約が成立していないと主張するがいずれの点も賃貸借契約の成立要件には当たらないことが明らかであって、これらの事実が本契約の条件とされていた旨の主張・立証もないから、主張自体失当である。
もっとも、上記「合意解約書」は、借主において本契約を爾後(じご)解消したい旨を表明したものといえ、これを貸主に送付することにより本件契約を解約する旨の意思表示をしたものと認められるから、本件契約は同解約の意思表示により解除されて終了したとみるほかないが、こうした法律関係を前提としても、貸主には解除に伴う原状回復として、借主に対して返還すべき金員が存在すると考えられる。
借主が、貸主に対して本契約を締結するに際して支払った金員のうち、
①敷金64,000円及び家賃2,400円については本件建物の引渡しがされていないため
②諸経費の中の自動引落手数料2,400円については引落が開始されていないため
③アパート保険の保険料18,000円については保険に未加入のため
④鍵交換費用12,960円については鍵が引き渡されていないため、貸主は、これらの計97,360円を借主に対して不当利得として返還する必要がある。
しかしながら、礼金64,000円、事務手数料10,800円及び仲介手数料69,120円については、契約成立に伴い発生するものであって、いったん契約が成立している以上、貸主は返還することを要しない。
他方で、本契約は、借主の平成27年7月11日の解除によって終了したのであり借主は、
①本契約即時解約の違約金128,000円
②平成29年1月末日を待たずに解約したことに係る違約金64,000円
③毎年2月1日から3月10日までの間以外の期間に退去したことによる敷金の償却分5万円、の計242,000円を貸主に支払わなければならない。
すると、借主の貸主に対する不当利得返還請求権は全て消滅していることから、借主の貸主に対する請求には理由がなく、これを棄却する。
まとめ
当事者の合意の意思表示のみで成立する契約は諾成契約。
当事者の合意のほか、物の引き渡しなどの給付があって初めて成立する契約が要物契約です。
要物契約の具体例としてはお金の貸し借りなどがあります。
また、賃貸借契約前に、申込金を請求する不動産業者もありますが、契約前のキャンセルであれば、返してもらえるお金です。
「申込金は返せません。」なんてことを言われたら、宅建業法違反ですので、即最寄りの宅建協会に電話してみてください。
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