貸室内での嘱託殺人が疑われる事件の発生により、心理的瑕疵が生じたとして、賃料の10年間の2分の1を損害として請求したが、棄却された事例(山口地判平29・11・28判例集未登載)
殺人?心中?損害賠償請求が棄却された事例
法人が賃借人となり、従業員が入居をしていました。その従業員と従業員の知人と思われる遺体が発見され、遺体の状況から心中・嘱託殺人が疑われた事から、賃貸人が法人である賃貸人に善管注意義務に違反するとして損害賠償を求めた事案。
自殺なのか心中・嘱託殺人なのかで重要なポイントのようです。今回の事案に関しては、ストーカーによる犯行ではないかという疑いや、心中・嘱託殺人である証拠がみつからなかった為、賃貸人の請求は棄却されています。
事案の概要
賃貸人(原告)は、法人である賃借人(被告)との間で、平成24年12月3日、共同住宅の一室を次の約定で賃貸する旨の契約を締結し、本件貸室を引き渡した。
〇期間:2012年12月5日から2014年12月4日
〇更新後:2014年12月5日から2016年12月4日
〇契約対象面積:28.45㎡(1R)
〇駐車スペース:有、指定場所
〇賃料:44,000円
〇共益費:3,500円
〇敷金:132,000円
〇礼金:44,000円
〇特約:入居者は入居者とする。
入居者は、平成27年5月19日、本件貸室内で死亡した状態で発見された。
死亡推定日時はその前日であり、状況からは同じ室内で縊死していた入居者の知人により、窒息させられたものと推認された。
賃貸人は、以下を主張して、法人である賃借人に対し賠償を求めて提訴した。
⑴室内に連名の遺書、入居者と入居者の知人を結ぶ糸があったこと、入居者が死亡することにより部屋が汚損しないように配慮をしたと解される痕跡があること、入居者の知人の使用車両が本件貸室のある建物付近に駐車され、頻繁に本件貸室を訪れていたことが窺われること、入居者と入居者の知人は親密であったと考えられ、遺体に防御創がないなど抵抗した痕跡がないことなどから、入居者及び入居者の知人の両名は一緒に死ぬことを了承し、心中したものである。
賃借人の履行補助者である入居者が、入居者の知人に本件貸室内で嘱託殺人ないし同意殺人を行わせたことで、本件貸室内で公序良俗に反することを行わない債務、及び本件貸室について通常人が心理的に嫌悪すべき事由を発生させない義務に違反した。
⑵本件貸室建物が存するような比較的小さなコミュニティでは、事件後10年間は、賃貸借契約の締結が困難となり、締結できても賃料を半額程度にせざるを得ない。
よって賃貸人が被った損害額は、月額47,500円の120か月分の2分の1である285万円である。
判決と内容のあらまし
裁判所は、次のとおり判示し、賃貸人の請求を棄却した。
⑴入居者の遺体には、顕著な抵抗の痕跡は見受けられないこと、糸の存在、部屋を汚損しないよう配慮した痕跡、入居者及び入居者の知人の連名の遺書があるが、この遺書には、入居者が自身で記載した部分はなく、また、入居者の指紋も残っていないこと、入居者の知人の使用する自動車の鍵の付いた鍵束に、本件貸室の合鍵も付いていたこと、本件貸室のある建物の近くに、同日以前にも入居者の知人の使用車両が駐車されていたことが目撃されたことが認められる。
状況からは、一定程度入居者と入居者の知人は親しかったことが窺われ、心中を疑わせる方向の事情であるとはいえる。
⑵しかし、遺書を書くのであれば、署名すら自身で行わないというのは不自然である。
本人自身が書いていない以上、入居者の知人の意思のみによっても作成しうることになるし、その他の点も入居者の協力がなくても可能であり、入居者が、上記のような行動をしたことを認めるに足りる証拠があるとはいえない。
⑶抵抗の痕跡がない点については、ある程度親しい人間から、いきなり殺害されることで、生じなかったということもあり得る。
⑷原告は、入居者の知人に偽装工作の動機がないことを指摘するが、入居者と愛し合って心中したという世界を作出するために行動することは、思い込みのみにより行動するストーカーなどの存在からいって十分考えられるところであり、この点に関する原告の主張する事情は、上記認定を覆すには足りない。
⑸したがって、入居者の死が、同人の嘱託ないし同意に基づくものであることについて認めるに足りる証拠があるとはいえず、この点に関する原告の主張を採用することはできない。
⑹入居者の死について、入居者の嘱託ないし同意によるものといえないことから、入居者が賃借人の履行補助者であることから、債務不履行を構成するとの原告主張を採用することができないことは明らかである。
⑺入居者の知人が、入居者の家族ないし同居者と同視できるとし、入居者の知人も賃借人の履行補助者に当たるとの賃貸人の主張であるが、合鍵を渡していたとしても、家族や同居者と同視できるほどの事情があったといえるわけではなく、具体的な生活状況によるというべきところ、本件貸室において、入居者の知人がどの程度の生活を送っていたかについては入居者の知人の使用車両が駐車されていることが見られることがあったという程度であり、その程度では、到底、入居者の家族ないし同居者と同視できるほどの事情とはいえず、その他、そのような事情があったことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、賃借人に債務不履行があったとみとめることはできない。
結論、賃貸人の損害の点を検討するまでもなく、賃貸人の請求には理由がない。
まとめ
今は、「大島てる」などのサイトを利用すれば自殺、殺人等のあった事故物件は一般の方でもすぐに調べる事ができます。
この判例では、法人である賃借人には債務不履行はありませんが、事故物件としてこれから貸し出す賃貸人側の損害が発生するものと思われます。
孤独死に関してはこれから高齢化が進む事もあり、特に気にしないという借り手は多いです。
しかし、今回のような自殺・殺人に関しては借り手が極端に少なくなると思われます。
ちなみにこういった物件を不動産業者が仲介に入り、取引する場合には宅建業法で告知義務がありますが、賃貸人と直接取引をする場合は告知義務はありません。
家賃が相場より安くなっているのは、「賃貸人と直接取引できたから」ではなく「事故物件ということを隠したかったから」という理由もあるかもしれません。
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