誤った本人確認情報を提供した弁護士に売主の成りすましを疑うに足る事情はなかったとして、原審判決を変更し賠償請求を棄却した事例(東京高判平29・6・28)
目次
弁護士も騙された地面師事件
2017年に積水ハウスが地面師に55億円騙し取られる事件がありました。地面師の手口は非常に巧妙で大手であっても騙されてしまします。
東京五輪等の関係で地価が高騰してきた東京で、地面師に騙される事件が頻繁に起きていました。そのうち摘発されているのは氷山の一角といわれています。
判例では、弁護士が地面師を「所有者に成りすました者」と見破る事ができなかった事に対して注意義務違反にあたるかどうかが焦点となっています。
事案の概要
本件事案は概略すると、買主(原告・個人)が、売主との間で売買契約を締結し、代金の一部2億4千万円を支払い、所有権移転登記経たところ、後日、その売主は所有者に成りすました者(以下「地面師」)であったことが発覚、本件不動産の所有権を得られなかったことから、買主が売主の誤った本人確認情報を提供した弁護士(被告)に不法行為に基づく損害賠償を請求したものである。
原審は、「地面師より提示された遺産分割協議書に相続開始日等に誤記があるうえ、高齢者が多額の現金を受領する異例で安全性を欠くものであったこと等から、成りすましを疑うべき事情があった」として弁護士の注意義務違反を認め、これと相当因果関係のある買主の損害について買主の過失相殺(4割)後の1億6044万円余の支払いを弁護士に命じたが、買主・弁護士両者ともこれを不服として控訴した。
判決と内容のあらまし
裁判所は、次のとおり判示し、原審の判断を変更し、買主の請求を棄却した。
⑴弁護士の注意義務について
買主は、弁護士が売主の代理人であると認識し、本件売買契約が売主本人の意思に基づく契約と信頼していたため、弁護士は高度の注意義務を負うと主張する。
しかし、弁護士は、地面師から売買契約への立会いを求められ、これを承諾したものであり、依頼内容は必ずしも明らかではない。
また、不動産登記法において、資格者代理人の資格の差異によって義務の内容が異なるとする定めはないことから、本人確認に際して、一般に弁護士が司法書士よりも高度の注意義務を負うとは認められない。
⑵本人確認方法について
買主は、地面師が成りすましによるものであることを疑うに足りる事情があったから、本人確認資料として提供された住基カードのQRコードを読み取る作業を行うか、本物の所有者の自宅に赴いて本物の所有者本人やその近親者と面談をする等により本人確認を追加して行う注意義務を負っていたと主張する。
しかし、弁護士は地面師と面談し、その際本人確認資料として提示された住基カード(後日偽造と判明)を手にとって見た限り違和感はなく、写真が付け替えられたりした様子や改ざんされた形跡もなく、他にも不自然な点はないと認識した上、弁護士が地面師に生年月日等を尋ねた際にも、正確に回答がなされ、特段不自然な点はなかったことから本人確認情報を提供したものである。
そうすると、弁護士において知り得た事情に照らし、地面師が申請の権限を有する登記名義人であることを疑うに足りる事情があるときは格別、そうでない場合にまで、不動産登記規則に定める方法以外の本人確認をすべき義務を負うことはないというべきである。
⑶地面師であることを見抜けなかった理由
また、以下の点を踏まえれば、地面師が登記名義人であることを疑うに足りる事情があったとは言えず、弁護士において、地面師の自宅を訪問して、本物の所有者本人ないし近親者に面談するあるいは、QRコードを読み取る等、住基カードの提示を求める方法以外の方法によって本人確認すべき注意義務があったとは認められない。
①弁護士が、地面師に対し、弁護士関与の必要性を尋ねたところ、本件不動産が夫の遺産であり、不動産の売買が初めてで不安であること等を述べたものであり、その内容に特段不自然な点があるとはいい難いこと。
②地面師は、所有権移転登記を受けた2か月余り後に登記識別情報を紛失したと説明したが、かかる事態は頻繁にはないとしても、およそあり得ない事態とまでは言えないこと。
③遺産分割協議書の相続開始日等の日付が誤っていたとしても、これに押印された印影は添付された印鑑登録証明書と同一ないし酷似しており、印鑑登録証明書自体にも不自然な点はなかったこと。
④本件売買契約の代金額は多額であるにもかかわらず、現金一括払いであったものの、弁護士がこれを認識したのは、契約締結の際であったこと。
⑤地面師は、本物の所有者の年齢より若い風貌であったとのことだが、外見は個人差があるうえ、売買契約に立会った者の中に、地面師の本人性に疑念を述べた者はいなかったこと。
⑷弁護士の責任について
以上によれば、弁護士において、本人確認情報を作成する際に相応な調査・確認を行っていると認められ、原判決中弁護士敗訴部分を取り消した上、買主の請求を棄却することとする。
まとめ
本人確認は、不動産業者が取引をする前に慎重に行う必要がるという事です。
弁護士や司法書士が本人確認方法の手順を間違っていなければ責任を問うことはできないでしょう。
近年の地面師は益々手口が巧妙になって来ています。
免許証やパスポート等の偽造は容易な事で、実印も3Dプリンターで作れてしまう可能性もあります。
更地や、空き家、小切手、現金での支払等の地面師の特徴らしきものはいくつかありますが、完全に見抜くのは不可能なのかもしれません。
次に、地価が高騰するタイミングでこういった地面師がまた現れる可能性は高いと思いますので、本人確認は常に慎重に行うべきです。
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