受遺者の選定を遺言執行者に委託する旨の遺言が有効とされた事例(最高裁 平成5年1月19日)
遺言書の真意、法定相続人が取るべき行動とは?
「自分は天涯孤独であり、妻も子もいない、いるのは長らく絶縁状態の妹たちだけ」
そんな状況の中で遺言証書を遺言執行者に託した後、本人は亡くなりました。
遺言書には「遺産は一切の相続を排除し、全部を公共に寄与する」と書いてあったようです。
この文章からしても「法定相続人に取得させず、これをすべて公益目的のために役立てたい」という亡くなった方の意思は明らかに読み解けます。
これに対し、妹らは、亡くなった方の遺産である不動産について所有権移転登記を強行していたようで、遺言執行者は、その事に対し所有権移転登記の抹消登記を求めて裁判を起こしたそうです。
私は、この事案の妹らの行動は故人の意思を無視しているとしか思えないです。
遺言執行者とは
遺言の内容を実現するために必要な手続きをする人のことを言います。
事案の概要と判決
結論
受遺者の選定を遺言執行者に委託する旨の遺言は、遺産の利用目的が公益目的に限定されているため有効である。
登場人物
■被相続人(亡くなった人)
■上告人ら(被相続人の妹ら)
■被上告人(遺言執行者)
1.亡被相続人の法定相続人は、いずれも妹である上告人らだけであったが、後記の本件遺言がされた時点では、被相続人と上告人らとは長らく絶縁状態にあった。
2.被相続人は、昭和58年2月28日、被上告人に遺言の執行を委嘱する旨の自筆による遺言証書(以下「本件遺言執行者指定の遺言書」という。)を作成した上、これを被上告人に託するとともに、再度その来宅を求めた。
3.被相続人は、昭和58年3月28日、右の求めに応じて同人宅を訪れた被上告人の面前で、「一、発喪不要。二、遺産は一切の相續(そうぞく)を排除し、三、全部を公共に寄與(きよ)する。」という文言記載のある自筆による遺言証書(以下「本件遺言書」という。)を作成して本件遺言をした上、これを被上告人に託し、自分は天涯孤独である旨を述べた。
4.被上告人は、被相続人が昭和60年10月17日に死亡したため、翌61年2月24日頃、東京家庭裁判所に本件遺言執行者指定の遺言書及び本件遺言書の検認を請求して昭和61年4月22日にその検認を受け、翌23日、上告人らに対し、被相続人の遺言執行者として就職する旨を通知した。
遺言書の効力について
遺言の解釈に当たっては、遺言書に表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきであるが、可能な限りこれを有効となるように解釈することが右意思に沿うゆえんであり、そのためには、遺言書の文言を前提にしながらも、遺言者が遺言書作成に至った経緯及びその置かれた状況等を考慮することも許されるものというべきである。
このような見地から考えると、本件遺言書の文言全体の趣旨及び同遺言書作成時の被相続人の置かれた状況からすると、同人としては、自らの遺産を上告人ら法定相続人に取得させず、これをすべて公益目的のために役立てたいという意思を有していたことが明らかである。
そして、本件遺言書において、あえて遺産を「公共に寄與(きよ)する」として、遺産の帰属すべき主体を明示することなく、遺産が公共のために利用されるべき旨の文言を用いていることからすると、本件遺言は、右目的を達成することのできる団体等(原判決の挙げる国・地方公共団体をその典型とし、民法34条に基づく公益法人あるいは特別法に基づく学校法人、社会福祉法人等をも含む。)にその遺産の全部を包括遺贈する趣旨であると解するのが相当である。
また、本件遺言に先立ち、本件遺言執行者指定の遺言書を作成してこれを被上告人に託した上、本件遺言のために被上告人に再度の来宅を求めたという前示の経緯をも併せ考慮すると、本件遺言執行者指定の遺言及びこれを前提にした本件遺言は、遺言執行者に指定した被上告人に右団体等の中から受遺者として特定のものを選定することをゆだねる趣旨を含むものと解するのが相当である。
このように解すれば、遺言者である被相続人の意思に沿うことになり、受遺者の特定にも欠けるところはない。
そして、前示の趣旨の本件遺言は、本件遺言執行者指定の遺言と併せれば、遺言者自らが具体的な受遺者を指定せず、その選定を遺言執行者に委託する内容を含むことになるが、遺言者にとって、このような遺言をする必要性のあることは否定できないところ、本件においては、遺産の利用目的が公益目的に限定されている上、被選定者の範囲も前記の団体等に限定され、そのいずれが受遺者として選定されても遺言者の意思と離れることはなく、したがって、選定者における選定権濫用の危険も認められないのであるから、本件遺言は、その効力を否定するいわれはないものというべきである。
最高裁の判決
以上と同旨の理解に立ち、本件遺言を有効であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法は認められない。
まとめ
「自分に都合の悪い遺言書は捨ていてしまえばいいのでは?」と思う方もいるかもしれませんが、遺言書を破棄したり書き換えたりした場合、刑事罰に問われ懲役刑に処されることもあります。 刑法第159条(私文書偽造等) 1.行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、3月以上5年以下の懲役に処する。 2.他人が押印し又は署名した権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。 3.前二項に規定するもののほか、権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し、又は変造した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
刑法第259条(私用文書等毀棄)
権利又は義務に関する他人の文書又は電磁的記録を毀棄した者は、5年以下の懲役に処する。
民法第1005条(過料)
前条の規定により遺言書を提出することを怠り、その検認を経ないで遺言を執行し、又は家庭裁判所外においてその開封をした者は、五万円以下の過料に処する。
遺言書には「自筆証書遺言」、「公正証書遺言」、「秘密証書遺言」等いくつか種類があります。
自筆証書遺言であれば、2020年7月10日から法務局による自筆証書遺言の保管制度が開始されています。
遺言書の原本は50年、画像は150年保管してもらえるようです。
この制度利用される方が増える事によって、自筆証書遺言を巡る紛争は少なくなっていくものと思われます。
【関連記事】