判例解説

不動産業者間の争い、暴行をしても名誉の侵害による「正当防衛」が成立した事例

  1. HOME >
  2. 判例解説 >

不動産業者間の争い、暴行をしても名誉の侵害による「正当防衛」が成立した事例

 財産的権利等を防衛するためにした暴行が刑法36条1項にいう「やむを得ずにした行為」に当たるとされた事例(最高裁一小判平21・7・16)

不動産業者間の争い、暴行をしても名誉の侵害による「正当防衛」が成立した事例

 不動産業界はシェアの奪い合いです。

 小さい不動産業者は仲介手数料を半額や0円で、大手不動産業者はサービスや安心などを武器に戦い合っています。

 業者間で情報交換を目的に仲良くすることもありますが、結局は、近くの不動産業者同士はシェアの奪い合いになってしまいます。

 また、社内の従業員同士でもお客様を奪いあった末に、社員同士の暴行事件に発展するケースもあります。

 今回は、暴行に関しての最高裁の判例で、正当防衛に関する珍しいケースですのでご紹介します。

 簡単に内容をご説明すると、不動産業者同士のトラブルで、一方の不動産業者が、本件不動産に違法な看板を嫌がらせのため設置しようとしたところ、被告人がその業者の従業員の胸部を両手で押したところ、背中から落ちるように転倒したというもので、一審、二審では被告人の有罪とされていたものです。

 その後、最高裁では被告人の名誉が侵害されていたことが認められ無罪となりました。

事案の概要

結論

一審、二審で有罪とされていた被告人が無罪になり、被告人の正当防衛が認められる。

登場人物

・被告人(暴行をしたとして訴えられた側、74歳、身長約149cmの女性、ハト宅建)

・ハト宅建(仮名、被告人、ポッポ氏)

・ポッポ氏(仮名、ハト宅建)

・建設会社甲(ハト宅建が最初に改修工事を請け負わせた会社)

・建設会社乙(ハト宅建が次に改修工事を請け負わせた会社)

・ウサギ不動産(仮名、チンピラのような不動産会社)

・ピョンタ氏(仮名、被害者、ウサギ不動産の従業員、48歳、175cmの男性、威圧的な態度)

・株式会社チンピラ(仮名、ウサギ不動産の関連不動産会社、サッシのガラスを割る)

・看板会社の取締役(仮名、ウサギ不動産が手配した看板会社)

 本件建物及びその敷地はポッポ氏(仮名)の亡父が所有していたところ、その持分の一部をウサギ不動産(仮名)が取得し、登記上、本件建物については、ポッポ氏及びウサギ不動産がそれぞれ2分の1ずつの持分を有する一方、その敷地については、ウサギ不動産(仮名)、被告人、ポッポ氏ほかが共有していた。

 本件建物の賃借人のハト宅建は、平成17年10月ころ、建設会社甲に本件建物の原状回復及び改修の工事を請け負わせた。

 また、そのころ、被告人及びポッポ氏は、本件建物の一部に居住し始めるとともに、これをハト宅建の事務所としても使用するようになった。

 ところが、その後、ウサギ不動産の関連不動産会社である株式会社チンピラの従業員が、ハト宅建が改修工事を請け負わせた会社の甲社の作業員に対して上記工事を中止するように申し入れ、本件建物に取り付けられたばかりのサッシのガラス10枚すべてをウサギ不動産関係者が割るなどしたことから、甲社は、工事を中止した。

 そこで、ハト宅建は、同年12月、改めて別の建設会社乙に上記工事の残工事を請け負わせたところ、ウサギ不動産の従業員ピョンタ氏(仮名)がほぼ毎日工事現場に来ては、作業員に対し、威圧的に工事の中止を求め、その工事を妨害した。

 また、ウサギ不動産は、乙社に対し、工事の中止を求める内容証明郵便を送付したり、ハト宅建から支払われる請負代金額の3倍の保証金を支払うので工事から手を引くよう求めたりし、乙社がこれを断ると、ウサギ不動産関係者は、「今後無事に仕事をすることができると思うな」などと脅迫したりしたため、ハト宅建が改修工事を請け負わせた乙社も工事を中止した。

 そして、ウサギ不動産は、その工事が続行されないように、本件建物の周囲に残っていた工事用足場を株式会社チンピラ(仮名)名義で買い取った上、本件建物の入口付近に鉄パイプを何本も取り付けて出入り困難な状態とし、「足場使用厳禁」等と記載した看板を取り付けるなどした。

 その後も、ウサギ不動産関係者は、本件建物の前に車を止めて、ハト宅建を訪れる客に対して立入禁止である旨を告げるなどした。

 また、ウサギ不動産は、建設業者が本件建物に立ち入らないようにするため、その立入りを禁止する旨表示した看板を本件建物の壁面等に取り付けたところ、被告人らに外されたりしたため、その都度、同様の看板を本件建物に取り付けることを7、8回繰り返した

 この間、ウサギ不動産は、ポッポ氏、被告人及びハト宅建を相手方として、本件建物の増改築工事の中止及び続行禁止並びに明渡し断行を求める仮処分を申し立てたが、却下され、即時抗告を申し立てたがこれも棄却され、確定した。

 ピョンタ氏は、平成18年12月22日夜、看板会社の取締役と共に立入禁止の看板を本件建物の壁面に取り付ける作業を開始したところ、被告人及びポッポ氏がやってきて、被告人は、看板会社の取締役の持っていた本件看板を強引に引っ張って取り上げ、地面へ投げ付け、その上に乗って踏み付けた。

 ピョンタ氏は、本件看板を持ち上げ、両手で持ち、付けてくれと言ってこれを看板会社の取締役に渡そうとした。

 そこで、被告人は、これを阻止するため、ピョンタ氏の胸部を両手で約10回にわたり押したところ、ピョンタ氏は、約2m後退し、最後に被告人がピョンタ氏の体を右手で突いた際、本件看板を左前方に落として、背中から落ちるように転倒した(本件暴行)。

 ピョンタ氏は、本件当時48歳、身長約175cmの男性である。

 被告人は、本件当時74歳、身長約149cmの女性であり、以前受けた手術の影響による右上肢運動障害のほか、左肩関節運動障害や左肩鎖関節の脱臼を有し、要介護1の認定を受けていた。

 原判決は、本件暴行につき被告人を有罪とした。

判決と内容のあらまし

 ピョンタ氏が立入禁止等と記載した本件看板を本件建物に設置することは、被告人らの本件建物に対する共有持分権、賃借権等を侵害するとともに、ハト宅建の業務を妨害し、被告人らの名誉を害するものといわなければならない。

 そして、ピョンタ氏の依頼を受けた看板会社の取締役は、本件建物のすぐ前において本件看板を取り付ける作業を開始し、被告人がこれを取り上げて踏み付けた後も、ピョンタ氏がこれを持ち上げ、付けてくれと言って看板会社の取締役に渡そうとしていたのであるから、本件暴行の際、ピョンタ氏らはなおも本件看板を本件建物に取り付けようとしていたものと認められ、その行為は、被告人らの上記権利や業務、名誉に対する急迫不正の侵害に当たる。

 そして、被告人は、ピョンタ氏が看板会社の取締役に対して本件看板を渡そうとしたのに対し、これを阻止しようとして本件暴行に及び、ピョンタ氏を本件建物から遠ざける方向に押したのであるから、ピョンタ氏らによる侵害から被告人らの権利等を防衛するために本件暴行を行ったものと認められる。

 さらに、ピョンタ氏らは、本件建物のガラスを割ったり作業員を威圧したりすることによって被告人らが請け負わせた本件建物の原状回復等の工事を中止に追い込んだ上、本件建物への第三者の出入りを妨害し、即時抗告棄却決定後も、立入禁止等と記載した看板を本件建物に設置するなど、本件以前から継続的に被告人らの本件建物に対する権利等を実力で侵害する行為を繰り返しており、本件における上記不正の侵害はその一環をなすものである。

 一方、被告人とピョンタ氏との間には体格差等があることや、ピョンタ氏が後退して転倒したのは被告人の力のみによるものとは認め難いことなどからすれば、本件暴行の程度は軽微であり、本件暴行は、被告人らの主として財産的権利を防衛するためにピョンタ氏の身体の安全を侵害したものであることを考慮しても、いまだピョンタ氏らによる上記侵害に対する防衛手段としての相当性の範囲を超えたものということはできない。

 以上、本件暴行については、刑法36条1項の正当防衛として違法性が阻却(そきゃく)される。

阻却(そきゃく)とは、法律用語でしりぞけること。 さまたげること。

まとめ

 無罪になった理由としては、今までの経緯や、被告人と被害者の体格差も大きく関係していると思われます。

 また、被害者側の下記に行動はやりすぎとしか言いようがありません。

 ・取り付けられたばかりのサッシのガラス10枚すべてを被害者の会社の関係者が割る

 ・被害者の会社の関係者の「今後無事に仕事をすることができると思うな」という発言

 ・被害者がほぼ毎日工事現場に来ては、作業員に対し威圧的に工事の中止を求めその工事を妨害

 しかし、相手の挑発にのって暴力を振るうことは決して許されることではありません。

 理屈が通るような相手であれば、戦ってもいいかもしれませんが、そうでない人もやはりいます。

 この判例は、同じような状況で悩んでいる人のためにはなりますが、時には「関わらない」「逃げる」「直接話しをしない」等の選択をとることも大切なのかもしれません。

 刑法第36条(正当防衛)

1. 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

2. 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる

用語解説

急迫不正の侵害(きゅうはくふせいのしんがい)とは
現時点で法益が侵害されているか、または侵害がさしせまった状態にあること。正当防衛の要件の一つとなる。

【関連記事】

適用される時効は3年?それても10年?

太陽光パネルの反射光が眩し過ぎると近隣住民から苦情

敷引が有効であると認められた最高裁の判例

-判例解説

Copyright© クガ不動産【不動産裁判例の解説】 , 2024 All Rights Reserved