建物ががけ条例に違反することの説明義務を怠ったとして、 媒介業者に対する擁壁の築造費用の請求が認められた事例 (東京地判 平28・11・18)
目次
がけ条例説明義務違反、2082万円の損害賠償請求
がけ条例とは、がけに面した敷地で、一定の高さを超えるがけの近くに建物を建築する場合、条例によって制限を設けられたものです。
制限の内容は、都道府県や各自治体によって変わります。
【東京都の場合】
特に高さ2mをこえるがけに面した敷地に建物を建てる時は、法的な規制がかかります。原則として下図のように、がけ高の2倍以上離して建てるか、安全な2mをこえる擁壁を築造することが必要となります。
※【出典】大田区HP
がけや擁壁のある不動産の場合、宅地造成工事規制区域内であることがあります。
宅地造成工事規制区は、がけ崩れなどの生じやすい区域を規制区域に指定します。
宅地造成工事規制区域内で、宅地造成工事を行う際は、着手する前に、工事計画を知事に提出し、知事の許可を受けなければいけません。
これを宅造許可と言います。
宅造許可を受けているかどうかは役所で調査することができ、宅造許可がある場合は、地盤や擁壁が一定の技術基準に適合しているという見方が出来ます。
事案の概要
平成26年7月15日、買主(買主・個人)は、自宅購入のため、売主(売主・個人)との間で本件物件を6400万円で購入する売買契約を締結し、8月19日に引き渡しを受けた。
本件売買契約の締結に際しては、売主の媒介業者が重要事項説明を行い、買主の媒介業者が独自に説明することはなかった。
なお、本件重要事項説明書には、都がけ条例に関する明示の記載はなく、「東西南北の隣接地(道路を含む)とは高低差があります。土留めのブロック塀・擁壁には土圧でひび割れや傾きの可能性もあります。」とあり、また、「買主は対象不動産の周辺環境、隣接地の状況、周辺施設等を確認したうえで、売買契約を行うものとし、これを買い受けるものとします。」との記載があった。
買主は、本物件購入後、
①隣地所有者から北側擁壁に膨らみがあるとの指摘を受け、擁壁の補修工事を実施し、その代金327万円を支払った。
②次いで、西側隣地所有者から、本件建物の屋根の照り返しがまぶしいと前所有者の売主にも苦情を申し立てていたと言われ、塗り直すことになり代金12万円を支払った。
③更に、本件土地西側には高さ2.6mのがけがあるところ、大谷石で築造された擁壁があるにすぎないため、がけ下に当たる本件土地上に木造家屋を建築する際には、がけ下からがけ高の2倍以上離して建築するか、がけと建物の間に防護壁を設置しなければならない(東京都建築安全条例6条)が本件建物はいずれの要件も満たしておらず、条例を遵守するためには防護壁や建物1階部分の補強費用として2082万円余の費用が掛かることが判明した。
買主は、売主らに上記①〜③に係る損害賠償を求めたが、いずれも拒否されたため本件訴訟を提起した。
判決と内容のあらまし
裁判所は、次のとおり判示し、買主の請求のうち、売主に対する請求は全て棄却し、媒介業者売主の媒介業者、買主の媒介業者に対する請求については、上記③についてのみ認容した。
(争点①)北側擁壁の補修費用
本件物件についての物の性状の瑕疵の問題であるところ、売主の媒介業者らによる重要事項説明において、擁壁には土圧でひび割れや傾きの可能性があることの記載で説明がされており、説明義務違反は認められない。
(争点②)屋根の塗り直し費用
売主が隣人から苦情を受けたのは平成15年頃の本物件購入直後の1回のみの一過性のことであったし、売主の媒介業者としても売主に対して近隣との申合せ事項がないことを確認しており、説明義務違反とは認められない。
(争点③)都がけ条例の説明義務
本件売買契約当時、本件建物は都がけ条例6条に違反していて、防護壁や建物1階部分の補強が必要であったところ、売主の媒介業者の担当者は、本件建物が都がけ条例に違反しており検査済証も取得していないことを認識していたにも拘らず、その明確な説明を行わず、買主の媒介業者の担当者も重要事項説明を売主の媒介業者に委ねたまま独自に説明することをしなかった。
本件重要事項説明書の上記記載(「東西南北の隣接地とは高低差があります」)は、本件土地の物理的な状況を記述するものに過ぎず、都がけ条例6条違反という法令違反状態を説明するものとはいえない。
宅建業法は、専門的な知識等を有しない一般購入者等の保護を図る観点から、法35条では宅地建物取引業者に不動産の売買等において法令上の制限等を始めとする重要事項の説明義務を課している。
このような義務それ自体は公法上の業法的な規定であるが、免許制度に支えられた宅地建物取引業者の重要事項の説明に対する一般購入者等の信頼はそれ自体合理的なものであり、法的保護に値するものであるということができる。
したがって、これら説明義務は私法上の注意義務としてその違反は被説明者に対してその損害を賠償する責任を負うというべきである。
本件物件は、少なくとも同条例違反を解消するために新たに西側に相当程度の擁壁を設置する必要があり、その費用相当額2082万円余は、売主の媒介業者、買主の媒介業者が都がけ条例6条違反の法状態を適切に説明していれば避けられたものであり、説明義務違反と相当因果関係にある損害と認められ、共同不法行為者として連帯して擁壁築造費用2082万円余を賠償すべき責任を負う。
一方、売主は、上記の法状態の問題性を認識し得る前提に欠けていることなどに加え、不動産の取引には疎い素人であることを併せ考慮すれば、同人について原告に対する説明義務の前提となる基礎に欠けると言わざるを得ず、説明義務違反を認めることはできない。
まとめ
共同仲介で、説明義務違反があった場合、両方の媒介業者が共同不法行為者となり、賠償責任を負う事がよくあります。
また、共同仲介の場合は契約前に双方が契約書類を確認しているはずです。その確認をする時点で、対象不動産ががけ条例にかかる場所かどうかは通常は気付くはずです。
気付いていなかったのであれば知識不足、分かっていて買主をはめようとしたのであればより悪質です。
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